2019年
11月23日(土)
11月24日(日)
京都バックス画材にて
TANT200色お披露目!!
そして
あなたの
ラッキーTANTがわかる
「TANTみくじ」!?
開催

「KYOTO PAPER BAR(キョートペーパーバル)」
日時:2019年11月23日(土)-11月24日(日) 11:00-19:00
場所:バックス画材2階[KAMIKOBO 紙工房]GALLERY
山本紙業ブースにて
http://backsgazai.com/kpb2019/


2019年秋、特種東海製紙の「TANT」が
リニューアルされます。
その内容に驚きました!!
なんと新色50色が追加されて
全200色のラインナップになります。
こんなカラーバリエーションをもった紙は
世界をみても存在しません。
なぜこんなトンデモ企画が生まれたのか、
そもそもTANTとはどんな紙なのか、
特種東海製紙の歴史も踏まえて
特種東海製紙株式会社
営業本部 課長 鈴木宏昌さん
営業本部 岡村 継さん
に詳しくお話をお伺いしました!


ファンシーペーパー黎明期

宜しくお願い致します。
まず特種製紙
(現在の特種東海製紙の前身)
とはどんな会社だったんですか?

特種製紙は大正15年に創立しました。
水に強い紙、偽造されない紙などの特殊な技術を持ち、産業用紙や工業用紙などを製造していました。

特殊な紙に強い製紙メーカーがどうして装飾性のあるファンシーペーパーを作り始めたんですか?

当時の日本のグラフィック・デザインを牽引されておられた
原弘(はら ひろむ)先生
からの依頼があり共同開発が始まりました。

原 弘 (はら ひろむ)
1903年生まれ。
日本宣伝美術会中央委員、武蔵野美術大学教授、日本デザインセンター代表取締役社長などを歴任。
その後発展する日本のグラフィック・デザイン界は原弘氏に大きな影響を受けたんだワン!

ファンシーペーパーの開発は原弘先生と当社の開発担当の
青地一興(あおち かずよ)
が主となって行いました。
当時、輸入に頼らざるを得なかったファンシーペーパーをなんとか国産化しようと努力されたようです。
そして終戦から8年後の1953年に「アングルカラー」が発売されました。

66年(2019年現在)経った今も「アングルカラー」が継続されているのはスゴイですね!!

ちなみに装飾性のある紙がなぜ【ファンシーペーパー】と呼ばれているでしょうか?
特種製紙内でこのカテゴリーの命名が課題として挙げられていた当時、開発担当 青地一興氏は【ファン】に支えられて、【ファンタスティック】な人気が湧き起るようにと【ファン】という音を使いたかったそうです。
早速辞書を引いた青地氏は【ファンシー】という言葉を見つけました。
そして【ファンシーペーパー】に決めたそうです。

その後発売された
「パンドラ」
「サーブル」
「フロッケン」
「パミス」
「マーメイド」
全て原弘先生が手掛けた紙です。

「サーブル」、「マーメイド」は今でも色々なところで使われていますよね。
当時のデザインが今の時代のニーズにも対応できている事に驚きます!

その後、ファンシーペーパーの開発の監修は
田中一光(たなか いっこう)先生
に引き継がれました。

田中 一光(たなか いっこう)
1930年生まれ。
昭和期を代表するグラフィックデザイナー。
1960年日本デザインセンター創立に参加。
日本万国博覧会政府館の展示設計や、札幌冬季オリンピック大会、ロンドン「ジャパン スタイル」等の企画、展示設計など多方面の分野で国際的に活躍するとともに、数々の国際的な賞を受賞。
よく知られるところでは「無印良品」の発案者のひとりとしてブランド立ち上げから大きく寄与している。
琳派や浮世絵、伝統芸能などを熟知し、それらを視覚表現の主題として現代の創作に取り入れた田中一光の作品や思想は、2002年に逝去した後も、多くのデザイナーに多大な影響を与え続けているんだワン!

田中一光先生の時代では、当社の開発担当は
杉本 友太郎(すぎもと ともたろう)でした。
田中一光先生と杉本がTANTを産み出したんです。


TANTの開発

TANTはどうやって産まれたのかを教えて下さい。

田中一光先生から「紙でカラーパレットが作れないか」という提案を頂きました。
さらに「印刷適性が高くグラフィックとも相性の良い紙」「目標100色!」。

ええええ!!!すごいお題ですね!
どうやって100色も作ったんですか?

開発は1983年に始まりました。
1色を選ぶのに100色の近似色を作ったそうです。
これを単純計算で100回繰り返したそうです。
つまり10,000色の試作と3年強の開発期間を経て、1987年に100色カラーチャートのTANTができました。

膨大な手間と時間ですね〜。

田中一光先生の提案に対して真摯に向き合い、100色を作り上げた当時の開発陣の努力はすごいと思いますね。

TANTの名前の由来は【たくさん(たんと)あるから】(実話)


TANTのリニューアルについて

新しいTANTについて教えて下さい。
そもそもすでに開発からこれまでに50色増色し、現在150色もあります。
そして「2019年11月5日にさらに50色追加し200色ラインナップする」というとんでもないニュースが配信されました。

https://twitter.com/yamamotopaper/status/1138649554457260033?s=20

まだまだお客様の満足度を上げれる色設計ができるのではないかと考えています。
そしてこれまで出版ニーズを主体とした色設計に展開を加える事で他のニーズにも応えれるようにしたいんです。

なるほど今回のリニューアルはTANTの強化なんですね。

マーケティング調査を重ねると、TANTが採用されていない分野が見えてきます。
私たちとしては新しい色展開を加える事でTANTの裾野をもっと広げることができると考えています。

それは実際の色を見るのが楽しみですね〜

お客様が紙の色を探す際に
「TANTを見れば欲しい色が見つかるよ!」
という紙にしていきたいんです。

TANTの市場調査はいつ頃からスタートさせたんですか?

数年前から企画は始動し、リニューアルに向けて本格的に動き出したのは今年に入ってからです。

現在、製紙メーカーさんはどんどん規格集約し、採算ベースの再検証をしています。
その一方でこれから規格を増やそうという特種東海製紙の動きはすごいです。
なぜこのプロジェクトが採用になったんですか?

新しいテクスチャーを開発することも重要ですが、既に築かれたTANTのブランド力にテコ入れすることで、これまで以上の市場を開拓できると考えているからです。

現在、弊社は新しい市場へのチャレンジを掲げています。
去年は中国市場に合わせた紙を開発しました。
もちろんこの紙の開発においても中国市場のニーズを探るため、長期出張を繰り返しリサーチを重ねました。
そして日本国内においても私達ができることはまだまだあると考えています。

TANTに「古さ」や「いまさら感」を感じているユーザーは多いのではないですか?

確かにそれはあるかもしれません。
だからこそ今回のTANTリニューアルではお客様に新鮮さを与えられるくらい強いインパクト性が必要だ、と思っています。

今回のリニューアルにはもちろん新鮮さも含まれますが、この豊富な色展開にはTANTへの安心感や安定感を産み出すことができると思っています。
「やっぱりTANTは使いやすいね!」
というTANTに対する信頼を得られるはずです。

今回、TANTボードという紙のラインナップも検討しております。
日本ではこれくらい厚くテクスチャーのあるファンシーペーパーはほぼ作られていません。
これは市場がないからここにターゲットされた紙がないのか、それとも紙がないから市場ができていないのかよく分かっていないんです。
でも私達がこの紙を作ることで新たな市場を創出できるのではないか、と考えています。
マーケットインだけではなくプロダクトアウトする事も大事だと思っています。

■プロダクトアウトとは
プロダクトアウトの一般的な定義は、会社の方針や作りたいもの、作れるものを基準に商品開発を行うことを指します。
プロダクトを作ってから、どのように販売していくかを考えるスタイルです。

■マーケットインとは
マーケットインの一般的な定義は、プロダクトアウトとは反対に顧客の意見・ニーズを汲みとって製品開発を行うことを指します。

■モノを作れば売れる時代ではなくなり、競合と簡単に比較されてしまう今、「プロダクトアウト」は時代遅れな考え
方であり、いかに「マーケットイン」の概念に基づき、顧客の満足度を高められるかどうかを重視するべきだという風潮
がありますが、「プロダクトアウト」するチカラこそが新しい市場を産み出すと言われているワン!

これまでニーズに沿った開発が主流でしたが、ニーズを追いかけるだけではなく、この紙はこういう使い方を想定しました、と私達自身が主張できるものを産み出すことも大事だと思います。
今回TANTをリニューアルする事で、より多くの方にTANTを知っていただき、ファンシーペーパーというジャンルが特種東海製紙が起源であることや、それに携わるヒューマンドラマなどにも興味を持ってもらえると嬉しいです。


今回、特種東海製紙のおふたりを
インタビューして感じたことは、
歴史も規模もある製紙メーカーであるにも関わらず、
現在の地位に甘んじることなく
新しい価値を求める柔軟さと、
規模を感じさせないアットホームさでした。
特に、ファンシーペーパーという分野を
産み出した青地 一也氏や
弛まぬ努力でTANTを産み出した
杉本 友太郎氏のような
工場から生まれたレジェンドの方々の
話になると自分達が語り受け継いだ話を
嬉々としてお話くださった様子に、
特種東海製紙という企業の魅力を
感じることができました。
今回のTANTリニューアルを機に
インタビューさせていただいたことで、
今まで以上にTANTに愛着が湧きました。


2019年
11月23日(土)
11月24日(日)
京都バックス画材にて
TANT200色お披露目!!
そして
あなたの
ラッキーTANTがわかる
「TANTみくじ」!?
開催

「KYOTO PAPER BAR(キョートペーパーバル)」
日時:2019年11月23日(土)-11月24日(日) 11:00-19:00
場所:バックス画材2階[KAMIKOBO 紙工房]GALLERY
山本紙業ブースにて
http://backsgazai.com/kpb2019/

しゃちょーさん
幼少の頃より紙の商いの中で育つ。遊び場は紙屋の倉庫。小学生の時にすでに倉庫内でプラッター運転を覚え、前腕でだけでプラッターの前後レバー、爪の前後上下を操作する倉庫マンに憧れる。高校生でアングラ・コアと出会い、ノイズパンク作曲活動開始。大学では生物学を専攻し、将来農家になることを夢見る。ホタルイカ研究に同行し発行体採取後の生きたホタルイカを醤油だれの中にひと泳ぎさせる「沖漬け踊り喰い」を発案する。また、学生時には「ひとり旅」に没頭。スイス自転車一周旅の際は、ブライトホルン単独登頂を成功させる。卒業後、紙の専門商社を経て、山本紙業に入社。現在、山本紙業の代表を務めている。
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